新潟沖地震における活動
行政の対策本部が立ち上がる前に、現地へ出動
震源地付近では、一夜の間に震度6前後の揺れを何度も観測したこの中越地震。 国道や鉄道などの交通網は寸断され、広域な範囲で停電が起こるなど市民生活を支えるライフラインは大打撃を受けた。 後の報道では、停電は県内全体で25万戸、また山古志村や小国町など震源地付近では、 約4500回線の電話が不通となったと報告されている。
この最初の地震発生の報を受けわずか1時間以内に、関東から被災地新潟へ向け、復旧支援に出動準備するタンクローリー車10台があった。行政の対策本部が立ち上がる前に現地にタンクローリー部隊を急行させたのが、三和エナジーのEESS事業部。高速関越道の群馬県月夜野ICでなされた道路封鎖にも、『緊急車両通行特例』で同部隊は通行を許可され新潟へ向かった。
EESSは、2000年に起きた三宅島噴火災害の復旧支援のノウハウとキャリアを生かした三和独自の新サービスである。 NTTや東京電力など日本の根幹となるライフラインを守る企業にもサービスを提供しており、新潟県の震災においても各社は連携して復旧活動に貢献した。
新潟中越地震。最初の揺れから約8時間後の24日午前2時頃、すでに何台かのタンクローリー車が震源地に近い十日町市に到着。早朝より東京電力やNTTなどの移動電源車の燃料補給部隊として昼夜にわたり活動を続けた。
「いまは小千谷市には入れない、長岡へ向かってくれ!」 現地の状況が刻々と変わるため、燃料補給先もたびたび変更になる。情報が錯綜して作業に混乱をきたす場面も多々あった。余震の影響で、走行中、何かに乗り上げたかのような衝撃を受けたタンクローリー車さえあった。
かなり危険な状態ではあったがスタッフはみな真摯に復旧活動を遂行した。
かなり危険な状態ではあったがスタッフはみな真摯に復旧活動を遂行した。
電力・通信の大部分が復旧するまでのおよそ2週間、
EESSスタッフ15名、車輌12台での復旧活動は続いた。
EESSスタッフ15名、車輌12台での復旧活動は続いた。

